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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)6946号 判決

原告

亡古村長一相続財産管理人

夏目文夫

被告

住友生命保険相互会社

右代表者代表取締役

千代賢治

右訴訟代理人弁護士

川木一正

松村和宜

長野元貞

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、一五〇〇万円及びこれに対する昭和五七年九月一〇日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1(一)  訴外古村長一(以下「被相続人」という。)は、昭和五七年九月九日に死亡した。

(二)  被相続人の子でありその第一順位の相続人である古村忠次(以下「忠次」という。)及び古村永一(以下「永一」という。)並びに被相続人の姉妹であり次順位の相続人である久我タキ、長野スミエ、窪田カツ子、高橋アサ子及び大谷フジ子は、いずれも被相続人の死亡後に京都家庭裁判所に対し相続を放棄する旨の申述をなし、右申述は、忠次及び永一については昭和五七年一〇月一日に、右姉妹五名については昭和五八年一月二一日にそれぞれ同裁判所において受理された。他に、被相続人の相続人となるべき者は存しない。

(三)  その結果、被相続人については相続人不存在となつたため、京都家庭裁判所は、利害関係人和田弘一の請求により、原告を被相続人の相続財産管理人に選任した。

2  被相続人は、昭和五七年四月一日、被告との間で、次のとおり保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(一) 保険契約者 被相続人

(二) 保険者 被告

(三) 保険の種類 定期保険

(四) 被保険者 被相続人

(五) 保険期間 五年

(六) 保険金額 死亡保険金額四五〇〇万円

(七) 死亡保険金受取人 古村初子

3  本件保険契約上の死亡保険金受取人であり、被相続人の妻である古村初子(以下「初子」という。)は、昭和五七年八月二四日に死亡した。

被相続人は、初子の死亡後、死亡保険金受取人の指定を変更することなく右1(一)のとおり死亡した。

4(一)  本件保険契約に伴つて合意された定期保険約款(以下「約款」という。)二六条二項には、「死亡保険金受取人の死亡時以後、死亡保険金受取人が変更されていないときは、死亡保険金受取人は、その死亡した死亡保険金受取人の死亡時の法定相続人に変更されたものとする。」旨の規定が存する。

(二)  約款の右条項及び商法六七六条二項は、死亡保険金受取人の死亡により同人に対する指定の効力が当然に失効するわけではなく、指定権者たる保険契約者の通常の意思であると推測されるところに従い、死亡した死亡保険金受取人の法定相続人が死亡保険金受取人たる地位を相続により承継する旨を規定したものであるが、右の地位は未だ確定的なものではなく、保険契約者が死亡保険金受取人指定変更権を行使した場合は改めて指定された者が死亡保険金受取人となるものと解すべきである。

(三)  本件は、死亡保険金受取人たる初子の死亡後、保険契約者たる被相続人が右受取人の指定を変更することなく死亡した場合であるから、約款二六条二項により、初子の死亡時における同女の法定相続人、すなわち被相続人並びに初子の子である忠次及び永一の三名が死亡保険金受取人たる地位を相続により承継し、右地位は、被相続人の死亡時に、保険金受取人指定変更権を行使する可能性がなくなつたことにより確定したものである。

5  本件においては、被相続人が保険契約者兼被保険者であるから、右被相続人ら三名は、被相続人の死亡時において、確定的に右(一)の死亡保険金受取人たる地位及びこれに基づく死亡保険金支払請求権を取得し、これと同時に、被相続人が取得した死亡保険金支払請求権は、同人の相続人たる忠次及び永一に相続され、さらに前記一(二)のとおり相続放棄がなされた結果、原告の管理にかかる被相続人の相続財産に包含されることとなつたものである。

右のように解する場合、死者が権利の主体となり得るかが問題となるが、この点については、不法行為による生命侵害の場合に論じられている被害者自身の慰藉料請求権の被相続性を肯定する法理論を援用することにより、十分な説明をなし得るのである。

したがつて、被相続人は、民法四二七条により、少なくとも死亡保険金額の三分の一に相当する一五〇〇万円について支払請求権を取得したものというべきである。

6  よつて、原告は、被告に対し、本件保険契約の死亡保険金額のうち一五〇〇万円及びこれに対する本件保険契約の保険事故たる被相続人死亡の日の翌日である昭和五七年九月一〇日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1(一)ないし(三)、2、3、4(一)の各事実を認め、その余の原告の主張はいずれも争う。

三  被告の主張

1(一)  商法六七六条二項は、保険金受取人の指定は、同人の死亡により当然に失効することを前提にしているものと解するのが合理的である。すなわち、同法六七四条一項において、他人の死亡によつて保険金を支払うことを定める保険契約において被保険者でない第三者を保険金受取人とする場合、被保険者の同意を要する旨が定められていることから窺われるとおり、本来、保険金受取人の権利は被保険者の同意した者でなければ取得できない性質のものであり、保険金受取人が死亡した場合、その権利が当然にその相続人に移転するものではないと解されるからである。

(二)  右(一)のように解すると、保険契約者がその保険金受取人を指定することなく死亡した場合には保険金を受け取るべき者が定まらなくなつてしまうので、このような事態を回避するため、同法六七六条二項において、身分関係、保険金受取人の補充その他の事情を考慮した最も合理的なものとして、死亡した保険金受取人の法定相続人に保険金受取人たる地位を与える旨定めたものと解すべきである。そして、同条項は、保険金を受け取るべき者を定める根拠を相続関係に求めるにすぎず、保険金受取人たる地位は原始取得されるものと解すべきであり、相続により承継されるものと解すべきではない。

このように民法の解釈によらず、同条項により保険金受取人が定まるものと解するときは、同条項に規定する相続人とは生存している者でなければならないのは当然である。

(三)  商法六七六条二項は、保険金を受け取るべき者を死亡した保険金受取人の相続人その人だけに限るものではなく、相続人の相続人若しくは順次の相続人で、被保険者(本件においては保険契約者兼被保険者)死亡の当時生存する者を受取人とする趣旨である(大審院大正一一年二月七日判決・大審院民事判例集一巻一号一九頁)。

(四)  生命保険契約は、元来被保険者の遺族の生計維持を目的とするものであり、保険金受取人の地位を保護すべき社会政策的要請に鑑みれば、死亡した保険金受取人の相続人が原始的に右の地位を取得するものと解することにより保険金支払請求権が相続財産から除外され、被相続人の債権者からの干渉を受けないことになつても何ら不当ではない。

2  商法六七六条二項を原告主張のように解釈する場合には、次のような欠点が存する。

(一) 保険金受取人指定の効力が同人の死亡後も存続するという意味が不明確である。

(二) 保険金受取人の地位が相続により承継されるものと解すると、同条項は、民法の相続規定によれば当然のことを定めた無用の規定となつてしまう。

3  以上のとおり、本件における保険金受取人たる地位は、忠次及び永一の両名が原始的に取得したものであつて、本件保険金請求権が被相続人の相続財産に包含されることはない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求の原因一の(一)ないし(三)、二、四(一)の各事実は当事者間に争いがない。

二保険金受取人(本件保険契約上は死亡保険金受取人。以下、いずれも「受取人」という。)が死亡した後、保険契約者が受取人指定権を行使することなく死亡した場合に誰が受取人となるかについては、商法六七六条二項の規定が存し、本件保険契約においてはさらに約款二六条二項が存するところ、当事者は、これらの条項の解釈を争うので、以下検討する。

商法六七六条二項の趣意は、受取人が被保険者以外の第三者である場合に、その受取人が被保険者より先に死亡しても、受取人の死亡によりその指定は当然には効力を失わず、その相続人が受取人となるが、ただ保険契約者が別人を指定しうるに止まるものであつて、保険契約者が別人を指定せずに死亡したときは、従前の指定にかかる受取人の相続人であつて保険契約者死亡の当時に生存する者をもつて受取人とする旨を定めたもので、その相続人は相続によつて保険金請求権を取得するのではなく原始的に取得するものと解するのが相当である。そして、約款二六条二項も同趣旨を規定したものであつて、商法六七六条二項の趣旨を変更したものとまでは解することができない。

三そこで、本件についてこれをみるに、前記のとおり、本件保険契約の受取人であつた初子が同保険契約締結後に死亡し、その後に保険契約者兼被保険者であつた被相続人も保険期間満了前に受取人を指定することなく死亡したのであつて、保険契約者であつた被相続人の死亡当時に生存していた初子の相続人は、忠次及び永一の両名であつたから、右両名が本件保険契約における保険金の受取人であつて、被相続人はその保険金の受取人となることができなかつたものというべきである。

したがつて、被相続人が初子の死亡によつて右保険金の受取人たる地位を相続によつて取得した旨の原告の主張は採用することができない。

四以上のとおりであつて、被相続人が初子の死亡によつて本件保険金の受取人たる地位を相続により取得したことを前提とする原告の本件請求は、その前提自体において失当である。

五よつて、原告の被告に対する本件請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官辻忠雄 裁判官中村直文 裁判官野島香苗)

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